今友人に薦められ、THE CULTURAL MAPという本を読んでいる。
私はマルチカルチャーなところで育ったせいか、
どちらかというと「◯◯人だからー」と判断しないタイプだったし、
人種で括られることに違和感を覚える人だった。
なぜなら、一人一人違うからそれはカテゴリー分けされるものではない。
ただ、この本ではそれを受け止めつつも、
それでも文化による違いがあると明確に表している。
その中でも国ごとに比較したハイコンテクスト・ローコンテクストの比較。
ハイコンテキストでは、
「いいコミュニケーションは繊細で、含みがあり、多層的なものがある。メッセージは行間で伝え、行間で受け取る。ほのめかして伝えられることが多く、はっきりと口にすることは少ない」
ローコンテクストは、
「いいコミュニケーションは厳密で、シンプルで、明確なものである。メッセージは額面通りに伝え、額面通りに受け取る。コミュニケーションを明確にするためならば繰り返し歓迎される。」
言うまでもなく、日本人は圧倒的なハイコンテクスト。
アジア圏でもトップである。
その次の層が、ロシア、フランス、イタリアあたりで、
真ん中にブラジル、スペイン、メキシコ、
ローよりがイギリス、ドイツ、オランダで
もっともローがカナダ、アメリカ、オーストラリアである。
今回のテーマの「察する」なんて言葉はハイコンテクストならゆえの言葉だと思う。
それが日本人の美徳でもあるからこそ「おもてなし」が存在できているのだと思う。
日本では特に大事にされているモラルや礼儀という面では非常に役に立つと思う。
「空気を読む」というのもここから来てるよね。
必要以上に察するがあまり、1人勝手に心傷つく人もいる。
そんなに察しようとしなくていいのに。
でもね、人間関係の中でこの「察する」はずるいとも思うのよ。
「察しろよ」と思う側はただの面倒くさがりです。
高校生時代、外国人の彼氏と付き合うことになっていた矢先、
何から何までニュアンスを英語で説明しないといけないことにうんざりしたのを覚えています。
この前提のすり合わせからやるのは確かにエネルギーがいることです。
即別れましたが、、、今思うと私の英語の語彙力のなさ、そして面倒臭いと思うまでの関係だったということですね。
あと よく言っているのは夫婦関係において。
「夫とか全然気づかなくてイライラするー」ってことないですか?
それはなぜ起きるのか。
相手は他人だから。
そしてあなたは言ってないだけです。
「言わなくても分かって欲しい」はあるわがまま。
テレパシーじゃないんだから。
言わないとわからない。
と言いつつ、私もよく言わないで勝手にイライラしていることがあります。
そう言う時ははと我に返って、「どこまでが傲慢さからなのか」を疑ってみる。
伝わってないのかな?伝えてるっけな?
それも一種のSHOW UP
何事も対話ですね。
そんなところから相手との協働関係を築けると良いね。