言うまでもなく、私は人と話すのが好き。
でも周りでこんな声を聞く。
「人との会話に困ることがある。何を話せばいいのか分からない。」
「上司との飲みは同じ話ばかりを聞いて面倒くさいと思うことがある」
「あまりよく知らない人たちとのお茶会は苦手なんだよね」
仲良い友人となら気兼ねなく永遠とだらだら話していられる。
けど、同僚、取引先、上司、部下、ママ友など全員と気が合うわけでもなく、そうやって話せるわけでもない。
私ももちろん緊張することある。
話題に困ることもある。
でも、困る頻度は確実に減っていて、最近ではほとんどそういうことがない。
母になって細かいこと気にしなくなったのか。
駐在員妻という独特の文化で鍛えられたのか。
コーチングを学んで自分を理解出来てきたからなのか。
私の中にある「人との会話を楽しむコツ」をいくつかご紹介。
色んなコミュニティで忘年会やクリスマスパーティが多いこのシーズン。
困った経験をしたことがある人に1つでも役立つものがあればいいと思う。
①出逢い自体がまず有難いと思え!
これには2つの意味がある。1つは「時間の概念からの有難さ」、もう1つは「好奇心からの有難さ。」
「時間の概念の有難さ」とは母親業、主婦業がある人ほど感じることかもしれない。
子ども中心の生活となると時間は制約される。
時間が制約されていると出会える場所も大体限られてくる。
もちろん子連れでの出会いもあるけれど子どもがいない時間にある大人と大人の出会いは非常に貴重で有難い。
ベビーシッターに預けるというのも1つの手。
そうして生まれる自由時間はまさに特別。
よほど「行きたい」と思わないとそこまでしない。
独身時代の「行けるから行く」から「行きたいから行く」への行動基準のシフト。
確かに家庭があると独身時代ほど自由に行動は出来ない。
けれど、大げさかもしれないけれど今の私は「子供のせいで行けなかった」と感じることよりも「本当に行きたいのには行けた」という感覚の方が強い。
それだけ行った先で出会えた人たちは特別で有難い。
もう1つの「好奇心からの有難さ。」
もともと私は人好きというのも大きいだろう。
人間観察好き。
誰でも気が合う人に出会えた時に喜びの経験はあると思う。
もちろんそれもあるけれど、自分と考え方が異なる人との出会いも喜ばしい。
意見が異なってもそれはどういうとこからそういう視点で見ているのかを知ること自体が自分にとっても学びである。
全く違うと思っていた人と重なり合う部分があると発見出来たときも温かい気持ちになる。
知っていたつもりの人との間にある新たな発見も新たな出会いである。
発見や学び、喜びを与えてくれる出会いに感謝だなぁ。
②肩書きを見ずにその人を見よ!
○○部門のトップ、○○会社の社長、○○年入社の先輩、〇ちゃんのママ・・・
かつての私はそこばかりを見て恐縮。
ちゃんと話さないと、共通の話題を見つけないと、失礼のないようにしないと・・・
こういうことばかり気にして大して面白いことも言えず萎縮。
1人の人間として相手を見る。
人として見ると、その人の色んなことに気づく。
その人の色んなことに興味が沸く。
自分と全く関係のない仕事、異なるバックグラウンド、世代が異なる人でもその人が話している時のエネルギーの違いや距離感、癖、違和感に気づく。
そして話している内にその違和感がどこからくるものなのか見えてくる。
どんなに肩書きが立派な人でも1人の人間。
どんなに肩書きがない人も1人の立派な人間。
どうしても肩書きを見るとその人の平面しか見ていない気がしてしまう。
自分にも色んな表情、役割があるように、相手にだってある。
1人の人間として相手を見たときに自分と同じようにその人にも奥行があるのだと思うと人との出会いは楽しい。
③沈黙を温かい気持ちで味わえ!
会話がない時間があってもいい。
返答に困っている時間があってもいい。
常に盛り上がらなくてもいい。
言葉にするのに時間がかかってもいい。
あなたはどれだけ沈黙に耐えられますか。
温かい気持ち、有難い気持ちさえあればそれが例え沈黙になったとしても大丈夫。
沈黙の中でもそこにその人がいるということをしっかり受け取ってあげよう。
④自分と相手の反応を楽しめ!
こう表現すると性格悪そうな響きだけれど、要は自分が発信する言葉を相手がどう受け取るかは人それぞれ。
本音で話したことが「良い」と思う人もあれば「えー、信じられない」と思う人もいる。
1人1人違いますから。
でもそれを気にしていたら本音を語るどころか、全て当たりさわりのない会話になる。
それだとあなたの人生の時間が勿体無い。
むしろ色んな反応を楽しむといい。
・納得していない人がいたらそれはその人の何から来ているのか。
・誤解されているようだったらどこを誤解しているのか。そのままでいいのか。もっと伝えたいのか。
・共感している人がいたらそれはその人の何と重なるのか。
相手の様々な反応から自分がどう動くかは自分次第。
全部火消しのようにズレがないように伝えなくっちゃと思うと気が重い。
全員に好かれないかもしれない。
でも「相手を傷つけよう」という目的さえ持っていなければ、人の本音というものはリアルで面白いものである。
相手の言葉を聞いた自分へのインパクトも同じ
・今の表現なんだか気になった
・すごい今の言葉響く
・あの人なんか分からないけど腹が立つ・・・
そんな言葉と言葉の間に生まれる自分や相手の反応を楽しめると一般的に「ネガティブ」と言われる感情も受け入れられる。
楽しむ自分にはどこか客観視している自分が存在している。
「ほうほう、自分はこういう時に腹が立つんだな」
「ほうほう相手はこういう風に私のことを思い込んでるんだな」
LET IT BE!!
譲れない部分は主張しつつも、それぞれの反応を観察し、楽しんでみよう。
さて、以上4点。
どれか参考になりましたか。
あなたはどうやって人との会話楽しんでいますか??
教えてね!